レーシングカー

F1に参戦するフェラーリの特徴

フェラーリといえば、F1選手権の開幕からずっと参戦を続けている唯一のメーカーとして知られていますが、フェラーリのユニークな点はそれだけではありません。ほとんどのチームが車体とエンジンを別々に開発している中で、フェラーリはエンジンもシャシー(フレームや足回り)も自社で開発するという独特の戦略を持っているという稀有な存在です。このスタンスにより、革新的な技術を生む土壌を維持しているといえるでしょう。

また、フェラーリのエンジンサウンドはまるで音楽のようで、フェラーリをフェラーリたらしめる存在であり、F1ファンを熱狂させる要因でもあります。

「スクーデリア・フェラーリ」の始まり

フェラーリのF1チームは「スクーデリア・フェラーリ」といいます。スクーデリアという言葉を耳にしたことがある方も多いかもしれませんが、これはイタリア語で「厩舎」を意味します。つまり、チームという意味ですね。

1929年、元アルファ・ロメオのレーシングドライバーであったエンツォ・フェラーリは、自身のレース仲間とともに「ソシエタ・アノニーマ・スクーデリア・フェラーリ」を設立しました。初期のフェラーリは、アルファ・ロメオを本家とするいわば「分家(セミワークスチーム)」として、ワークス活動を休止したアルファ・ロメオから車体を借り受けてレースに参加していたのです。

フェラーリの初代レースマシンはアルファロメオティーポCと呼ばれています。このマシンを操ったタツィオ・ヌヴォラーリは1935年のドイツGPで強豪ドイツ勢を破り、歴史的な勝利を遂げました。なお、この時期はまだF1が始まる前のことです。

フェラーリの初勝利

F1世界選手権が開始されたのは1950年。このとき、フェラーリは初代F1マシンとして「フェラーリ500F2」を投入しました。そして、1951年のイギリスグランプリで、フロイラン・ゴンザレスが、これまで全てのグランプリで勝利していたアルファ・ロメオを破り、フェラーリにとってのF1初勝利を飾りました。もともとフェラーリはアルファ・ロメオのセミワークスチームでしたから、いわば「本家」を打ち破ったことになります。

フェラーリ初めてのF1チャンピオン

その後、1961年の規定変更によりエンジンをミッドシップに搭載した「フェラーリ156F1」で規定変更に対応。新たにミッドシップにエンジンを搭載した「フェラーリ156F1」は、フェラーリに初めてのチャンピオンをもたらしました。この年、フェラーリは初めてコンストラクターズとドライバーズの2冠を達成しました。しかし、この勝利には犠牲が伴いました。イタリアGPでは、ウォルフガング・フォン・トリップスが観客席に突っ込み死亡、14名の犠牲者を出してしまったのです。ただ、この事故は後のF1のレースの安全性を著しく向上させるきっかけにもなりました。

その後1964年には、ジョン・サーティースが最終戦の最終周回での劇的な逆転により、2度目の2冠を達成しました。